F1と手記『2017年マレーシアGP-前編-』

更新日:2019年1月8日


©F1'nder

2017年の9月末日、僕はマレーシアGPに向けてクアラルンプールへと向かった。


ただひたすらのF1を観たかったり、日本GPとは違う雰囲気のグランプリを楽しみたいなど、一度行ってみるにもその動機は様々だ。


1996年に東南アジアで初めてF1開催を実現したマレーシアGPはこの年限り、19年の歴史で一旦幕を引くことになった。


一旦とは言ってもこれは僕の個人的な希望で、再びF1カレンダーに復帰するという噂は今のところ聞こえてこない。


そんな19年の歴史のなかで、色々なドラマが繰り広げられたのをテレビを通して見てきた。


2003年はフェルナンド・アロンソの初ポールポジション、決勝ではキミ・ライコネンが初優勝。2006年は王者となったルノーの1-2フィニッシュ、2009年の豪雨中断に見舞われたレース、さらには2013年のマルチ21事件など。

この東南アジアならでは気候や特性、またヘルマン・ティルケによってデザインされたこのコースは、明らかにヨーロッパでのレースとは違った魅力を持っていた。


ヨーロッパ以外の発展途上国でF1を開催することに否定的な意見もあったりするが、僕は色々なキャラクターを持つサーキットがあった方が良いと思う。


2017年になるとセパン・サーキットは、すでに中堅クラスとも言える長い歴史を積み重ねており、日本と同様にアジア圏でF1を開催し続けた数少ない国でもあった。


だが、2008年に始まったシンガポールGPが台頭するにつれて、徐々にその存在感が弱まっていることも感じていた。


シンガポールGPはF1史上初のナイトレースとして開催され、実に分かりやすい形でサーキットのキャラクターを確立することに成功。


市街地を用いたサーキットは観光名所を巡るレイアウトになっており、優雅な雰囲気も感じられ、アクセスの良さや宿泊施設の充実、さらには有名アーティストのライブパフォーマンスも行い、レースとエンターテイメントを上手くマッチさせた。


それに対してセパンでのマレーシアGPは、そういったレース以外の楽しみを見つけ出すことは難しかったようだ。


サーキットの周囲はひたすら森が広がり、シンガポールのような雰囲気はどこにもない。

唯一の救いはクアラルンプール国際空港が近くにあることぐらいか。


このサーキットにはただレースを楽しむことしか出来ない。

確かに僕はそれだけでも満足だったが、共に行った友人とは木曜日にサーキットではなくクアラルンプール市内の観光に出かけた。


サーキットから市内の繁華街までは、おおよそ電車やバスを乗り継いで1時間ほどかかり、体感的にも遠いような近いような。


そんな僕がクアラルンプールへと向かった目的は、F1との関係が深い国営石油企業ペトロナスのツインタワーに行ってみたかったのだ。

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ペトロナスツインタワーではF1期間中に合わせて様々な催しものが開かれていた。


メルセデスAMGのメカニックがタイヤ交換を体験させてくれたり、ザウバーのマシンが展示されたりとペトロナス一色の会場は、日本人の僕にとって新鮮で目新しい。


日本におけるF1のイベントではホンダに関わるマシンなどの展示がメインだが、グランプリが変われば、イベントのコンセプトも変わる。


ここで観られるのはザウバーやBMW、そしてメルセデスなどペトロナスとF1の歴史がテーマになる。

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ここではこの前日にメルセデスF1ドライバーのルイス・ハミルトンとバルテリ・ボッタスが来場していたようで、イベント会場としてそれなりの存在感を放っていた。


ただ、そこに熱狂的なファンが押し寄せるという感じでもなく、ここにF1の何かを楽しみに来ている人は少なく、長年F1を開催してきたものの、文化としてどれほど浸透してのかはわずかながらも感じられた。


実際、この国の物価に対しチケットの値段が高いという報道を見たことがあったし、今では生のF1マシンを観る機会価値も、シンガポールGPの登場によって薄れてしまった。


こうしたイベントは、どうしてもアクセスの良し悪しと切っても切れない関係にある。


もちろん、シルバーストーンなど都市部から離れたところでもグランプリを成功させている例はいくつもあるし、一時期の日本GPもそれに当てはまるだろう。


近年始まったフォーミュラEや新しく開催が噂される開催地は都市部が選ばれることが多い。これはこうした観に行きやすさ、すなわち快適性を高めようというFIA(国際自動車連盟)の意図も見て取れる。


20年ほど前に造られたサーキットでは、現在の流れがまだ確立されていなかったことを今になって言っても仕方がないが、わざわざ莫大な資金で造られた巨大サーキットの賞味期限の短さにも驚かされる。


それでも、セパンは20年も開催出来たからこそまだ良いほうだ。2010年代に始まった韓国やインドは、残念ながら5年も持たずにカレンダーから外されてしまった。


近年、F1は新たな開催地を選ぶ際にアクセルを最重要視しているようだ。


人気の高いシルバーストーンに代わってロンドンでの市街地レースや、マイアミ、さらに2020年に始まったベトナムGPもハノイの市街地で行われる。


テレビやネットの中継でも多くの人がレースを楽しむF1だが、近年は現地に訪れるファンの快適性を高めることを重視しているようだ。


サーキット側がFOM(フォーミュラ・ワン・マネージメント)に支払う開催権料で赤字を計上することも多いが、これを解消するためにサーキットに来てくれるファンを大切にしようという目論みだろう。


来場するファンの快適性が高まることは素晴らしいが、少なくとも僕はセパンでのグランプリが見られなくなることにガッカリしていた。


そして、この流れは鈴鹿サーキットにも同じことが言える。


ここ数年、日本GPの開催継続は不安視するニュースも多く、来場者数は以前から比べると徐々に減りつつある。2018年は6年ぶりに前年を上回ったが、チケットの値段は徐々に下げられており、前年との来場者数だけで単純に比較することは外部には伝わってこないところもある。


鈴鹿サーキット側も日本GPの開催継続に向けて様々な努力を続けているし、何より日本にF1が来ているという高揚感が無くなることを残念に思う人たちも沢山いる。


このマレーシアGPから約半年後、僕は中国GPに出向いたがそこで目にした熱狂的なF1ファンたちを見て、鈴鹿にもセパンと同様の危機感を覚えた。


すぐ近くの国に今のF1が求めているサーキットがある。鈴鹿サーキットは近代F1の思惑に沿ったサーキットではないのかもしれない。


もちろん、個人的には世界に二つとして同じキャラクターのサーキットはないと考えているし、鈴鹿サーキットは日本人の自分にとってより特別なコースだ。


だが、鈴鹿サーキットが開催継続に向けて続ける努力だけでは、いつか乗り越えられない壁がやって来るのかもしれないという危機感が生まれた。


こうして、数々のドラマが生まれてきたサーキットはF1カレンダーから姿を消していくのか、本当に新たなものを求めるだけがエンターテイメント性を高めることに繋がるのか。


今後生まれてくる新たなグランプリを観たい気持ちと、歴史と伝統を味わいたい気持ち、それぞれが両立してくれるF1であって欲しいと思った。


鈴鹿サーキットにはセパンのような結末になって欲しくない。


だが、F1を運営する欧米の文化を持つ人たちに、アジア圏のグランプリをこうした視点で観てくれる人がどれ程いるのだろうか?


鈴鹿サーキットがF1開催で支払う開催権料は優遇されており、これは開催年数の浅いグランプリと比べて優遇されているようだ。


それでも、その優位性がいつまで保たれるのか、そして中国には今のF1が求めるマーケットとサーキットがある。これはマレーシアとシンガポールの構図によく似ている。


F1の運営がリバティ・メディアに取って代わってからは、それ以前と比べても明らかに変化が見られ、より親しみやすいレースへというテーマを目指しているようだ。


それは2018年から刷新された”F1”の新ロゴやレース中継での画面表示など含めて、これまでと違うものをファンに提供しようと取り組んでいる。


その試みには当然のように生み出されるものと、そこから消えていくものがあるはずだが、日本GPはそのどちらもの時代に存在するものであって欲しい。