【1分で知る】日本と縁深いフランス人ドライバー『ピエール・ガスリー』


©F1'nder

レッドブルの育成ドライバーとしてGP2(現:F2)王者に輝き、F1参戦前にはスーパーフォーミュラにも参戦していたことでも知られるピエール・ガスリー。


少年時代はレースよりサッカー選手を目指していましたが、現在では同じフランス人F1ドライバーであるエステバン・オコンの影響を受けてレースの道を歩み始めます。


サッカー好きの名残は今でも残っていて、彼のカーナンバーである”10”はフランスの国民的英雄であるジレディーヌ・ジダンの背番号から選んだことでも知られ、パリ・サンジェルマンのファンであることも公言しています。


そんなガスリーはレースで素晴らしい才能を発揮し、2013年にフォーミュラ・ルノーでタイトルを獲得。

すると、レッドブル・ジュニア・アカデミーに招かれ、これ以降レッドブルのF1シートを目指して戦ってきました。


2016年にGP2王者に輝くとレッドブル・ジュニアドライバーの中ではF1参戦の筆頭候補と見られていましたが、レッドブルグループはダニエル・リカルドやマックス・フェルスタッペンを初めに優秀なドライバーを多数抱えていたため、少しデビューを待たされることになります。


こうした経緯から1年間はトロロッソのリザーブドライバーに収まると共に、日本のスーパーフォーミュラへの参戦を決断します。


F1デビューが目前まで迫っていただけに当時はすごくガッカリしたと語っていますが、後にホンダとF1を戦うことになる彼にとってこれは大きな経験となります。


スーパーフォーミュラでは、ガスリーにとって馴染みのない環境とサーキットで日本のドライバーたちを相手に戦い、全7戦中2勝を挙げタイトル争いを繰り広げます。


最終ラウンドの鈴鹿が台風の影響で中止になったことで逆転王者への可能性は消滅してしまいましたが、どんな環境でも速さを発揮できることを証明しました。


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2017年終盤には待ちに待ったF1デビューを飾り、2018年は新生トロロッソ・ホンダのレギュラードライバーの座を手に入れます。


すると、デビューからわずか4戦のバーレーンGPで殊勲の4位入賞を決め、一気に評価を高めることに成功。

予選で上位グリッドを獲得すると、高い確率でポイントを獲得する勝負強い走りが評価され、2019年からはレッドブルへの昇格を掴むことになりました。


日本の文化にも精通しているガスリーは、これからもホンダからの期待を背負うドライバーとして、そして自身のキャリアを構築するべく重要なシーズンを迎えようとしています。


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<F1でのキャリア>

2017~2018 トロロッソ

2019~ レッドブル


<人物像を象徴するコメント>

「僕にはマネージャーがいなかったから、資金の豊富なドライバーたちに対して孤立無援で戦いを挑み、自分の地位を築こうとしていた。マネージャーを雇ったり、シートをお金で買ったりしないでここまでステップアップできたのは本当に嬉しい」

ピエール・ガスリー


「ピエールの写真を見てみなよ。いつも笑ってるだろ?あれこそが彼なんだ。」

ピーリー・サルメラ