【1分で知る】愛国心が溢れるメキシカン『セルジオ・ペレス』

更新日:2019年1月5日


©F1'nder

2011年に小林可夢偉のチームメイトとして、ザウバーからF1デビューを果たしたペレス。

今ではすっかりフォースインディアのマシンを走らせる姿がお馴染みとなっています。


幼少期、メキシコ国内のレーシングカートシリーズで頭角を現した彼は、同国の大手通信企業であるテルメックスをスポンサーに付け、15歳の時にヨーロッパへ渡るとF1を目指して戦ってきました。


2010年にGP2(現:F2)でシリーズ2位に入ると、渡欧から6年が経った2011年には小林可夢偉のチームメイトとして、ザウバーからF1デビューを果たします。


デビュー戦となったオーストラリアGPでは予選13番手からただ1人、1ストップ作戦を成功させ7位でフィニッシュ(後にマシン規定違反により失格)し、新人ながら驚異的なタイヤ管理能力を見せつけます。


後にF1でのタイヤの使い方は小林から学んだと語っており、、ルーキーイヤーの全体では遅れを取ることも多かったのですが、2012年に周囲も驚く大ブレイクを果たします。


第2戦マレーシアGPはドライとウェットの混在する難しい展開となりましたが、ここで9番グリッドから凄まじい追い上げを見せ、終盤にはフェルナンド・アロンソと優勝争いを演じます。


惜しくも自身初、そしてザウバー初となるF1優勝を叶いませんでしたが、その衝撃的な走りに評価は急上昇。これを機にトップチームへの移籍が有力視されるようになったのです。


このシーズンでペレスはカナダGPやイタリアGPでも、華麗に1ストップ作戦を成功させ表彰台を獲得。

最終的にマクラーレンへの移籍を決めたのですが、予想外にもここから彼は上位争いをするシーンが減ってしまうことになるのです。


前年に7勝を記録したマクラーレンでしたが、ペレスの移籍後はマシンの仕上がりが優れず、結局1度も表彰台に立てないままわずか1年でチームを去ることとなってしまいます。


また、ザウバー時代から接触の多さが目立っていたこともあり、他のトップチームから声が掛かるほどの走りを見せることも出来ませんでした。

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しかし、2014年に向けて再び中堅チームのフォースインディアへ移ると、わずか3戦で3位表彰台を掴むと流れに乗り、シーズン12戦でポイント獲得に成功。


安定感も身に付けた彼はチームに多くのポイントをもたらし、非力なマシンながら2017年を除く全てのシーズンで表彰台を獲得する勝負強さも発揮しています。


彼のキャリアには先述した大口スポンサーがバックに付いていることも影響していますが、F1ドライバーとしての実力は十分。

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また、母国を愛する気持ちは人一倍強く、メキシコに対し差別的な発言の多いドナルド・トランプが大統領に当選した際には、メキシコ国民を卑下するジョークを放った自身のスポンサーに激怒し自ら契約解除を通告する男気を見せたことも。


2015年より復活したメキシコGPでは、2018年のリタイアを除いて毎年入賞を飾っており、名実ともにメキシコを代表するF1ドライバーとして活躍を続けています。

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<F1でのキャリア>

2011~2012 ザウバー

2013 マクラーレン

2014~ フォースインディア


<人物像を象徴するコメント>

「この(スポンサーとの)提携は成功したはずだ。でもそれより、僕にとっては母国の人たちが大切だ。母国を馬鹿にするような行動は絶対許さない。」

セルジオ・ペレス


「このマシンのカラーはスポーツの歴史に残ると思う。誰もピンクのマシンには抜かれたくないだろうね!」

セルジオ・ペレス