F1と手記『2017年マレーシアGP-後編-』


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2017年10月1日、ついに最後のマレーシアGPも決勝当日を迎えた。


マレーシアGPには『F1nale』(フィナーレ)の文字があちこちに見られ、最後のF1を観ようと多くの人がセパンへと集まって来たが、全てのスタンドを埋めるほどではなかった。


そんな最後のマレーシアGPは恐ろしい暑さで立っているだけでも辛い。

1時間歩くだけでもこまめな水分補給を呼びかけるべき暑さで、こんなところで1時間半のレースを戦うドライバーたちは本当に厳しい環境だと改めて感じられる。


この日に行われるドライバートークショーのステージには人が押し寄せ、彼らの登場を待っている。僕もそこに混じって待っていたが、待ち時間は想像以上の辛さだった。

トークショー前はここに人だかりが出来る。屋根もないしすごく暑い。©F1'nder

ふと冷静になれば「なんでこんな暑いところでぎゅうぎゅう詰めになるんだろう」という疑問と、ドライバーの登場を心待ちにする葛藤はきっとみんなの頭の中にあったはずだ。


もうその場はサウナのように暑く、リュックを背負った僕の背中は水浸し。みんなプールにでも飛び込んだのかと思うほど、シャツはずぶ濡れ。


しばらくして、ドライバーが現れるとインタビュアーがそれぞれにセパンや今日のレースの意気込みを尋ねる。


最も印象的だったのはレッドブルの2人がステージに上ったとき。予選が行われた土曜日に19歳の誕生日を迎えたマックス・フェルスタッペンに会場全体からハッピーバースデーの合唱がプレゼントされた。


そんな温かい出迎えで始まると、今度はダニエル・リカルドが次から次へとジョークを放ってファンから笑いを奪う。

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前回のマレーシアGPでは彼らの激しいバトルが最大の見せ場だっただろう。チームメイト同士で接触寸前の戦いは息を飲む戦いで、それはどこかマシンを降りた後にも影響が出そうな争いだった。


2018年末でレッドブル離脱を決めたリカルドだが、彼のこのような人柄が無ければその関係はもっと早く冷え切っていたのかと、今になれば思ったりもする。


大白熱で先の読めないバトルが熱かったPCCA
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ステージからドライバーが去るとファンの注目はいよいよサーキットへ。


僕もスタンドへ向かうと、コースではサポートレースとしてPCCA(ポルシェ・カレラ・カップ・アジア)がスタートを迎えようとしていた。


しかし、グリッドに並びフォーメーションラップが始まったその時。セパンは突如激しいスコールがやって来て、空は真っ暗。滝のように雨が降ってきたのである。


この時全車がドライタイヤを履いていただろう、グリッドに辿り着くまでに多くのマシンがスピンを喫し、すぐさま赤旗が提示された。


こんなことで本当にF1も走れるのかと不安に思っているうちに雨は上がり、暑さも少しは和らいだ。


仕切り直しでPCCAがスタートの時間を迎えた。雨は止んだがコースはまだウェット、レースはセーフティカー先導でのスタートに。

それから、コースでは3台のマシンが接触覚悟とも言えるバトルで優勝争いを繰り広げた。


日本GPのサポートレースではPCCJ(ポルシェ・カレラ・カップ・ジャパン)が行われるが、元々二輪用のコースである鈴鹿サーキットではF1より速度の低いシリーズでも、前のマシンに並びかけることは簡単ではない。


だが、セパンでの場合は実にコースの大部分がオーバーテイクポイントとなり、どんな場所でも仕掛けてやろうというライン取りからは、ドライバーのアグレッシブさが伝わってきた。


オーバーテイクがあること自体が面白いのではなく、「ここで抜くか?仕掛けるか?」と観ているファンに思わせてくれる走りにハラハラする。


オーバーテイクがたくさん観たいという意見がもとでF1ではDRS(可変リアウィング)が採用されたが、きっとファンが観たいバトルとはこのハラハラ感のことを指しているのではないかと、勝手に思った。


一寸先のことが観ているこちら側にも分からないからこそバトルは面白いのであって、結果が見えていたらどんなオーバーテイクも興奮はきっと半減してしまうのではないか。


このハラハラ感を置き去りにして、ただオーバーテイクを促すためにDRSが導入されたしまった感はどうしても否めないと思う。


話を戻すと、この日行われたPCCAではそういったハラハラ感が感じられ、特にこの日トップ争った3台からはどこか”ファンを魅せてやろう”というような意気込みが走りからも感じられた。


最後のマレーシアGPはメルセデスVSレッドブルで開幕!
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そして、いよいよマレーシアGP最後の大目玉、F1決勝が始まる時間になった。


いつも通りレコノサンスラップを消化し、グリッドに着く各ドライバーたちだったが、そこにいつもとは様子の違うグリッドがあった。


昨日の予選でフロントロー争いを繰り広げた、キミ・ライコネン(フェラーリ)のクルーがなにか慌ただしい。


そのクルーたちの表情は切羽詰まったもので、なんとグリッド上でエンジンカウルを開け始めた。


これは後に知ったことだが、どうやら異変はレコノサンスラップ中に起こっていたらしい。ライコネンのマシンはガレージに押し戻されていく。


ベッテルが最後尾スタートということもあってフェラーリファンの落胆は大きい。同時にポール発進のハミルトンはライバルが消え、強い追い風がメルセデスを後押しするようだった。


フォーメーションラップがスタート。2番グリッドは空白となり、19台のマシンがパレードラップに向かう。全車タイヤはドライ、先ほどの雨は嘘のように路面も乾いてきている。


そして、56周のレースがスタート。


メルセデス勢が抜群のスタートを決め、ルイス・ハミルトンが大きなリードを作ると、バルテリ・ボッタスも4番グリッドから一気に2番手を伺う好発進を見せる。

ポールポジションからホールショットを決めたハミルトン(©F1'nder)

対してこの日の優勝候補でもあったレッドブル勢はやや出遅れ気味。マックス・フェルスタッペンはなんとか2番手を守るも、ダニエル・リカルドはボッタスに抜かれて前を塞がれてしまっている。


そして、これが優勝争いにおいて大きな分かれ目となった。


先頭のハミルトンは素晴らしいスタートから大逃げを打つかと思われたが、4周目に早くもリードを奪われてしまったのである。


ハミルトンの万全の状態という訳ではなかったようだ。この年F1で最強と呼ばれるメルセデスのパワーユニットを搭載したマシンなのだが、どうも最高速が伸びない。


そこを勝負と見たフェルスタッペンは、ホームストレートで一気に背後に張り付くと、1コーナーで鋭くインを奪ってトップに立つ。それは昨日の予選で0.4秒もの差が付けられたドライバーの走りには見えなかった。

序盤で勝負で出たフェルスタッペン(©F1'nder)

一方、ハミルトンもタイトル争いの直接的なライバルではない相手に無理なブロックは控え、いつもの”抜かれず嫌い”なバトルは封印した。


最後尾からスタートしたセバスチャン・ベッテル(フェラーリ)は着々と順位を上げて来ているが、トップとの差は広がるばかり。比較的抜きやすいこのコースでも、最後尾スタートのハンデはあまりに大きいようだ。


そして、9周目にはトップ争いと同じように、レッドブルがメルセデスのオーバーテイクに成功する。ようやくリカルドがボッタスを交わし、3番手に上がったのだがすでにトップとは大きなギャップが出来てしまっていた。


静かになったコース上とピットストップでの攻防
最後尾から追い上げを見せるベッテル(©F1'nder)

トップ4台の争いの序列が明確になった頃、ベッテルはようやく入賞圏内まで浮上してきた。


フェルナンド・アロンソ(マクラーレン)に抑え込まれていたタイミングもあったが、それを除けばほぼ毎ラップ順位を上げ、13周目には6番手に浮上。


これだけの速さがあれば十分優勝どころか1-2フィニッシュも視野も有り得ただけに、今回フェラーリ勢に起きたトラブルは痛かった。


周囲より1段階固めのソフトタイヤでスタートしたベッテルのペースは安定しており、20周目にセルジオ・ペレス(フォースインディア)を捉えると、トップ4の一角であるボッタスとの差を縮めていく。


レースも折り返しを迎える27周目、多くのマシンがこのレースで1度きりのピットストップのタイミングを迎えていた。なんと、ここでベッテルはスーパーソフトタイヤへスイッチした。


前を行くスーパーソフトタイヤのボッタスもまだピットに入っていない。

このボッタスをピットストップで逆転する目論みだが、耐久性に優れるソフトタイヤの恩恵が発揮されるのはこれからだと思われただけに意外でもあった。


だが、その意外性はメルセデスに対しては効果を発揮し、翌周にピットに入ったライバルを見事逆転し、ベッテルは4番手へ浮上する。


そして、ピット戦略での勝負勘を働かせようとしたのは3番手のリカルドも同じだった。

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リカルドは前方のフェルスタッペンとハミルトンを追う立場だったが、こちらは敢えてピットストップを遅らせることで逆転優勝を狙う。


先ほどレース前に激しい大雨が降ったのだが、レース中の降水確率は40%とFIAから発表されており、この後どこかのタイミングで雨が落ちてくることも考えられる状況だった。


それを活かそうとリカルドはピット作業を遅らせるだけ遅らせ、雨が落ちてきたタイミングで初めてのタイヤ交換を行おうと考えていた。すると、先にタイヤを変えた連中より1回分ピットでのロスタイムを少なく出来るからだ。


だが、その狙いは実らず雨が落ちてくるタイミングを読み切ることは難しく、さらに後方からベッテルが迫って来ることも考えられたため、29周目に上位陣で最後となるピットストップを済ませた。


20歳としての初優勝と大接近した3番手争い
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ピットストップでの攻防を終えると順位に変動が起こらない状況が続き、フェルスタッペンを先頭に各車周回を重ねていった。


そのなか、後方ではケビン・マグヌッセン(ハース)を中心に激しいバトルが相次ぎ、アロンソやジョリオン・パーマー(ルノー)と接触しながら順位を争っていた。


マグヌッセンのブロックに対してはライバルたちも苦言を呈すことも多いが、彼もハミルトンと同様に”抜かれず嫌い”なドライバーだ。

接触は多いが闘志溢れる走りが持ち味のマグヌッセン(©F1'nder)

少々、接触があったとしてもポジションを守ることに全力を注ぐ。その姿勢にアロンソはマシンを当てられながらも抜き去ってみせる。

一方、パーマーは争いのなかでスピンアウトを喫し、彼にとってF1最後のレースを綺麗に締めくくることは出来なかった。


レースも残り10周を迎えると今度は3番手争いが熾烈になりつつあった。


最後尾スタートのベッテルが表彰台を懸けた戦いに加わり、リカルドの後方にまで迫っている。


49周目に入るとDRSを使って一気に接近、1コーナーで遂に並びかけようと仕掛けるが、リカルドがここを凌いで3番手をキープする。


そして、ここでフェラーリは大胆な戦略について考えさせられることになる。

このバトルを最後にベッテルは大幅にタイムを落とし、今度はリカルドについて行くことさえ出来なくなり、レースはフィナーレを迎える。


そんな戦いを尻目にフェルスタッペンは首位に立ってから圧巻のレース運びでトップチェッカーを受ける。

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通算2勝目は20歳の誕生日を迎えてから初めての優勝だが、仮にこの日が彼のF1初優勝だったとしても、史上最年少記録を更新するほど彼はまだ若い。


レース序盤の際どいバトルが今回のポイントとなったが、優勝が懸かった肝心な場面では接触の数が少なくなるのは、彼の優れたレース勘と言っていいのかもしれない。


「はい、どうぞ」とばかりにトップを明け渡したハミルトンは2位。淡々とチェッカーを目指し優勝こそ逃したが、2位をキープして表彰台に登った彼の表情は明るく、きちんと仕事をやり遂げた顔をしていた。


3位には数あるバトルを制したリカルドが入ったが、1周目にボッタスに抜かれたことが高くついたことが悔やまれる。この前年には優勝を飾っているだけに、個人的にはフェルスタッペンとのチームメイト同士のトップ争いも観たかった。


そして、多くの苦難の末に4位まで舞い戻ったベッテルだが、なんとフェラーリの不運はチェッカー後にもまだ続きがあった。なんとウィニングラン中にランス・ストロール(ウィリアムズ)と接触し、マシンが大破してしまう珍事が発生。

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仕方なくベッテルはザウバーのマシンにヒッチハイクし、苦しみぬいたマレーシアGPを終えた。


この他にも7番手、8番手のルーキー勢の活躍にも触れておきたい。


前戦シンガポールに続いて7位に入ったバンドーンは、自身のベストレースだとレース後に語ったが、力強いペースで中団の争いで予選から大健闘を見せた。

残念ながら2019年のF1グリッドに彼はいないが、出場した数少ないレースのなかでその術力を証明した1戦だった。


また、ベッテルと接触したストロール(ウィリアムズ)も開幕直後こそ伸び悩んだが、デビューから半年が立って堂々と入賞を飾る速さを身に付けてきた。


最後となったマレーシアGPは若手がベテランたちに劣らぬ活躍を見せ、新たな時代の始まりとグランプリの終幕が対照的なレースだった。


決勝日にマレーシア首相のナジブ・ラザク氏は経済の復興が終わったら復活の余地があると語ったが、2020年に初開催を迎えるベトナムGPによってその希望は薄れてしまったかもしれない。


翌日のマレーシアの新聞の一面にはフェルスタッペンが取り上げられており、これは日本でもあまり見かけないこと。だが、サーキットを運営する苦しさは日本GP以上に圧迫していたようだ。


だが、またいつかセパンでF1開催が出来る日が来たら、その時はしっかりと文化としてF1がマレーシアに根付いて欲しい。

"ASK ME"のTシャツを着たスタッフたちが来場者を見送った。(©F1'nder)

<F1 2017マレーシアGP決勝結果>

1 M.フェルスタッペン(レッドブル)

2 L.ハミルトン(メルセデス)

3 D.リカルド(レッドブル)

4 S.ベッテル(フェラーリ)

5 V.ボッタス(メルセデス)

6 S.ペレス(フォースインディア)

7 S.バンドーン(マクラーレン)

8 L.ストロール(ウィリアムズ)

9 F.マッサ(ウィリアムズ)

10 E.オコン(フォースインディア)

11 F.アロンソ(マクラーレン)

12 K.マグヌッセン(ハース)

13 R.グロージャン(ハース)

14 P.ガスリー(トロロッソ)

15 J.パーマー(ルノー)

16 N.ヒュルケンベルグ(ルノー)

17 P.ウェーレイン(ザウバー)

18 M.エリクソン(ザウバー)

DNF C.サインツ(トロロッソ)

DNS K.ライコネン(フェラーリ)