F1史におけるGP中止や延期。レースが観られるのは平和の証だった



新型コロナウィルスの影響が世界に広まったことで、2020年のスポーツイベントは大きな打撃を受けています。


F1も開幕戦オーストラリアGPが直前になってキャンセルされ、今季のカレンダーは白紙に戻され、FIA(国際自動車連盟)や各グランプリの主催者など、運営側ですら今後の方向性について確信が持てない状況は変わっていないようです。


また、現時点で延期が確定しているのは6月28日に開催予定だったカナダGPまでなのですが、その後のレースが普段通りに開催されることは、難しいとの見方も。


レースが出来ないとチームの経営破綻を起こしかねない小規模チームもあり、無観客でのレースや、同一サーキットでの複数開催などの案も噂され、なんとかこれまでの形を維持するべく議論が続いています。


いつグランプリが再開されるのかまだ不透明な状況ですが、これまでF1が中止になった例は一体どれくらいあったのでしょうか。


そこで今回は、F1の歴史においてグランプリが中止された例とその理由について少し調べてみました。


最近にもあった中止や延期となったケース

F1が延期や中止になるのは滅多に起こることではありませんが、短期的なものを含めると、過去10年だけを遡っただけでも何度か起こっています。


近年はセッションが順延になるというものがほとんどで、その理由のほとんどが雨などによる悪天候が原因というものでした。


その中で一番最近なのはまだ記憶に新しい2019年日本GPで、土曜日のフリー走行と予選が台風の影響によってキャンセルされ、予選が日曜日の午前に順延されるワンデー開催に急遽変更に。


日本GPは台風の影響を受けやすいグランプリで、2019年の他にも2010年と2004年にも悪天候が理由で予選が日曜日に順延されました。


幸い日曜日はいずれも晴天に恵まれたことで、レースは無事に開催されています。


それ以外では、2016年のアメリカGPでも予選が台風で順延されているほか、2013年の開幕戦オーストラリアGPでは、予選中に雨脚が強まったことでQ2とQ3以降のセッションのみが日曜日に行われ、予選が2日間に分断されるということがありました。


とはいえ、これらのケースはGPイベントそのものがキャンセルになった訳ではなく、日曜日のレースは全て成立しています。


では、一番最近にあった中止の例というと、今から約10年前となる2011年のバーレーンGPです。


この当時バーレーン国内では大規模な反政府デモが起こっており、F1の開幕戦であるバーレーンGPはテロの対象になるとして、開催が危険視されていました。


また、開催地のサクヒール・サーキットは開幕前テストも行われる予定でしたが、こちらもカタロニア・サーキットへと移されています。


この時はバーレーン皇太子によってGPの中止が発表され、本来開催される時期にはバーレーン国内に非常事態宣言も発令される事態にまで陥っていました。


ですが、騒乱が落ち着くと終盤戦のカレンダーに組み込めないかという案が出されたのですが、こちらはFIAに批判が集まったことで、結局この年のバーレーンGPは開催されませんでした。


やはり、F1のグランプリは多額のお金が動くうえ、多くの契約が交わされるイベントなので、少々強引にでもレースを開催したいという意向があるのは仕方ないことでしょうか。


2019年日本GP(台風による予選順延)

2016年アメリアGP(台風による予選順延)

2013年オーストラリアGP(大雨による予選順延)

2010年日本GP(大雨による予選順延)

2011年バーレーンGP(テロの脅威があるため中止に)

2004年日本GP(台風による予選順延)


2000年代にもあった中止の危機

これよりもう少し遡った2000年代にもグランプリ中止の危機がありました。


結果的にわずか6台のみでのレースとなった2005年アメリカGPは、開催こそされたものの前例のない光景に騒然となった1戦でした。


金曜日のフリー走行の時点でミシュラン製のタイヤを使用するチームに不可解なクラッシュが発生し、原因の調査を進めると、タイヤのサイドウォールに偏摩耗が起きていることが分かったことが事の発端。


開催地であるインディアナポリスの13コーナーは、F1サーキットでは珍しいバンクの付いた高速コーナーで、ここでタイヤにかかる強い負荷に対しミシュランタイヤの耐久性が不足していたため、レースに出場するドライバーたちが危険だという議論が巻き起こりました。


さらに、ミシュランはこれに対応したタイヤを用意しておらず、ミシュラン側はこの区間にシケインを設けることで安全にレースが行うという案をFIAに持ちかけます。


しかし、これはブリヂストンタイヤを使用するチームに対して不公平であることと、コースレイアウトを許可なく変更した場合は選手権として認められなくなることを理由に却下されてしまいます。


これに対し各チーム間でも意見は割れ、ブリヂストンタイヤを使用するミナルディやジョーダンも一時はレース不参加の意思を示すなど、直前までレースが開催されるかどうかで揺れる事態にまで発展。


そして、議論はレース開始数分前というギリギリまで続いた結果、最悪な形でレースが成立することになったのです。


10チーム全20台のマシンは一旦グリッドに並ぶも、ミシュランタイヤを履く7チームはフォーメーションラップ中にそのままガレージへと戻り、レースを不参加。


残されたブリヂストンユーザーによる、わずか6台のレースが開催されることに至ったのです。


これらの事態に対しミシュランは、レースに対応出来るタイヤを用意しなかったことや、レースの不参加は不当な対応で、F1のイメージを壊すものであったとして提訴されてしまいます。


余談ではありますが、この後に行われた世界モータースポーツ評議会では、一転してそれらの訴えが取り下げられるという形で幕を下ろすことになったのです。


というのも、マシンが危険な状態で半ば強制的にレースに参加させることは、ドライバーを危険にさらす行為に当たることにより、ミシュランユーザーのチームに罰則が科せられる可能性があったからでした。


そして、ミシュランはこの一件に対する補償として、チケット購入者に払い戻しを行うと共に翌年のチケットを配布すると発表。


しかし、この6台でのレースは開催すべきか中止にすべきか意見は割れていましたが、レース中にはスタンドから物が投げ込まれるなど、観客の怒りがドライバーを危険に晒すという残念な光景がテレビで放映されてしまう1戦となりました。


同時多発テロによる開催危機


こちらも2005年と同じくグランプリは開催されたものの、2001年アメリカGPもレース開催が一時不透明な状況となったことがありました。


2001年9月11日にニューヨークで起こった同時多発テロによって、その直後に控えていたイタリアGPとアメリカGPの開催が危ぶまれたことがありました。


特にアメリカGPにおいては当時フェラーリに所属していたミハエル・シューマッハは、テロが起こったことに対し心を痛め欠場する可能性も示唆するなど、あの事件の衝撃はF1界にも及んでいました。


そのような状況下で治安面を不安視する声もありましたが、当時FOM(フォーミュラ・ワン・マネージメント)の会長だったバーニー・エクレストンは開催を明言し、テロには屈さないというメッセージ性も込められた上で、シーズンは続いていくことが決定。


テロからわずか3週間後という時期の開催となったアメリカGPは、チームスタッフや関係者は通常とは異なるルートで現地入りするなど、警戒を強めたうえでレースへ臨んだそうです。


すると、決勝当日にはなんと約17万5000人というシーズンで最多となるファンがサーキットへ集まり、チームやドライバーの欠場も無いなかで無事にレースは開催されました。


悲痛な事件の直後でもレースを楽しむ人々の姿は、まさにテロに屈しないというメッセージを体現した瞬間だったといっても過言ではないかもしれません。


2005年アメリカGP(ミシュランタイヤ勢のボイコット騒動)→6台のみ出走で開催

2001年イタリアGP,アメリカGP(同時多発テロの影響)→開催


阪神大震災による影響

1990年代にはグランプリが延期された例がありました。


1995年第3戦パシフィックGPは岡山県のTIサーキット英田で開催されていましたが、その原因は関西地方を襲った阪神大震災による影響でした。


先述もしていますが、鈴鹿サーキットで開催されてきた日本GPでは台風によるセッションの順延が何度か起こっていますが、日本のF1開催においてグランプリそのものが延期されたのはこの一度きりです。


また、順延された日程が日本GPの前週に組み込まれたことで、同じ国で2週続けてF1が開催された唯一の国であるとも記録されています。


1995年パシフィックGP(阪神大震災の影響で延期)


舗装が剥がれて決勝レースが延期に

1985年ベルギーGPでは珍事と言える延期劇が起こっています。


事の始まりはフリー走行に出走したドライバーたちが数周の走行を行った後に、グランプリの続行を拒否したことがきっかけでした。


現在もF1カレンダーに名前を残すスパ・フランコルシャンにおいて、サーキットの安全性において問題があるとして、多くのドライバーたちがセッションの中止を求めたのです。


当時のスパの路面はウェット時に危険だという意見から上がっており、再舗装工事を実施したのですが、これがF1にしては何ともおっちょこちょいな延期劇を招いてしまいます。


安全性高めるために実施した再舗装工事ですが、悪天候の影響で遅れに遅れ、工事が終わったのはなんとレース開催の10日前。


一般的にサーキットの路面は盤石な状態に仕上がるまでには時間がかかることで知られています。


僅か10日間ではアスファルトがしっかりと固まっておらず、粘着性の高いF1タイヤによって路面が剥がれてしまうという事態に。


この1年前にはダラスでのレースでも似たような路面の整備不良があり、ドライバーが危険に晒されるということがあってか安全性を求める主張が認められ、ベルギーGPは3カ月先延ばしされることになりました。


1985年ベルギーGP(舗装が剥がれサーキットの安全面の懸念で延期)


モータースポーツ史上最悪の事故によってグランプリ中止

F1が選手権と定められてから5年目を迎えた1955年、この年はモータースポーツに対し大きな批判が浴びせられることになり、フランス、ドイツ、スイス、スペインの4戦が中止となっています。


それは世界三大レースとして今でも続くル・マン24時間レースでの事故がきっかけで、モータースポーツ史上最悪のアクシデントが発生したことによるものでした。


この年メルセデスからル・マン24時間レースで多重クラッシュが発生し、マシンが炎上したことに加え、あらゆる事故に絡んだマシンのパーツがスタンドの飛び散ったことで83名もの観客が亡くなってしまいました。


当時はまだサーキットやマシンの安全性が確立されていなかったことも大きな要因でしたが、モータースポーツそのものに大きな批判の声が集まったうえ、スイスはこれをきっかけに国内でのモータースポーツを永久に禁止する厳しい措置を取りました。(2019年6月に64年振りにフォーミュラEでモータースポーツを開催。)


また、現在はF1で圧倒的な強さを誇るメルセデスも、この事故の捜査が入る前に速やかにマシンを回収したことがマシンの技術違反を隠すためとの疑いがかかり、これに対しても批判的な意見が寄せられました。


その後メルセデスはモータースポーツ活動の休止を発表し、1985年のル・マン24時間レースで活動をようやく再開しましたが、その休止期間は30年間にも渡って続くことに。


当時はモータースポーツで人が亡くなることも多くありましたが、ただ速さを求めるのではなく、レースにおける安全性にも意識が向けられる第一歩になったと言われています。


1955年フランスGP,ドイツGP,スイスGP,スペインGP(モータースポーツへの批判によって中止)


世界大戦による長期間のグランプリ中止

まだF1と定義される以前の話にはなりますが、過去には更に長期間に及んでレースが中止されていたことがありました。


モータースポーツにおいて最初のグランプリという言葉が使われたのが1901年に開催されたフランスのポーで行われたレースで、それから約50年後の1950年にこうした様々なグランプリレースを選手権化したものが、現在のF1へと繋がっていきます。


ですが、選手権として定められるまで1950年までに自動車レースは、二度の長い休止期間がありました。そして、その理由はいずれも戦争によるものでした。


今から約100年以上前の1914年6月、サラエボ事件を起きたことをきっかけに第一次世界大戦が勃発したことで、4年間に渡ってモータースポーツが中止となりました。


ですが、一旦終戦を迎えると、1920~30年代には自動車レースはヨーロッパでより盛んになります。


現在では自動車メーカーのブランドイメージの向上やスポーツ興業としての要素が強いですが、当時は各国の技術力を示す場所として注目を集めていたようです。


ですが、1939年からは第二次世界大戦が始まったことで、終戦を迎える1945年までの6年間に渡って、再びレースは行われなくなります。


モータースポーツは手軽に出来るものでは無く、お金がかかるため世界情勢に左右されやすいといった側面があり、戦争のような世界各地の動きが一変した場合の継続はとても難しいシリーズです。


今回の新型コロナウィルスの騒動は戦争のように人が引き起こしたものではありませんが、経済の事情や物や人の動きに制限が出るという部分で考えると、ご紹介してきた中止例のなかで現在の状況に最も近いのかもしれません。


1914~18年(第一次世界大戦によるレースイベントの中止)

1939~45年(第二次世界大戦によるレースイベントの中止)


おわりに

過去に中止、延期となったグランプリは戦争によるものや、自然災害によるもの、その時代によってモータースポーツそのものの在り方に疑問が寄せられたケースなど、その理由は様々なものがありました。


近年でもバーレーンGPがテロの脅威によって中止になったと先述していますが、これは言い換えるとレースが開催できるという事は、そこが平和であることを示す1つの指標であるとの見方が出来るのかもしれません。


そして、世界21カ国を転戦するF1は、世界各地の影響が伝わりやすいシリーズですので、現状全戦が中止となっている、現在の状況はF1のニュースだけを見ていても異常であることが見えてきます。


現在は新型コロナウィルスの影響を受けて、モータースポーツ活動は中止が続いていますが、再びグランプリが開催されるようになった時に、F1ファンの多くの人たちがこの騒動の終息を実感できるのではないかと思います。


夏頃にはF1が再開されるなどの噂も聞こえるようになりましたが、こうした歴史を知ると次にレースが観られた時には、いつもとは違った感動がありそうな気がしています。


そして、その日が早く来ると良いなと願っています。